後姿のピアニスト ♪ 新編集版 ♪
 庭にある白いテーブルの上に大きくて真っ白な陶器の皿を置き、その上でパンを切り分けた。
「お待ちどうさま」
 奥さんがサラダとミルクティーをトレイに乗せて運んできた。
 庭で受け取ってテーブルの上に並べると、一気に春の匂いがした。
 レタスの上にイチゴが山のように盛られていた。
 『あまおう』と『とちおとめ』と『紅ほっぺ』だという。
 なんという贅沢! 
 女は思わず唾を飲み込んだ。
 
 一口頬張ると、なんとも言えない風味が口の中に満ちて1気に頬が落ちた。
 貧しい食生活をしている女にとって、盆と正月とクリスマスがいっぺんにやってきたような至福の時間が始まった。
 
 3種類の極上イチゴをたらふく食べてお腹を擦っていると、奥さんがコーヒーを持ってきてくれた。
 花がら摘みをしていた時の悲しそうな表情はもうどこにも痕跡が残っていなかったので、良かった、と胸を撫で下ろした。
 少しでも元気になってもらえたらこんなに嬉しいことはない。
 時々遊びに来て一緒に庭いじりをしてもいいなと思った。
 本当は、ピアノの仕事が首になった愚痴を聞いてもらいたかったのだが、コーヒーと共にぐっと飲みこんでお腹の中にしまった。

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