後姿のピアニスト ♪ 新編集版 ♪
 懇親会が始まると、
 主催者の挨拶が終わるや否や出席者が一斉に料理ブースに殺到した。
 1番人気は寿司、
 2番人気はローストビーフ、
 3番人気は伊勢海老の鉄板焼きだった。

 男は長い列を作っているブースを避けて冷製コーナーに向かい、『鴨とフォアグラのテリーヌ』の小皿を取った。
 一流ホテルだけあって、味は中々のものだった。
 
 舌鼓を打っていると、体の線を強調した紺色のチャイナドレスを着たホステスが飲み物を運んできた。
 左手に白ワイン、右手に赤ワインを持っていた。
 セクシーな胸元が気になったが、そんな素振りを見せないようにさり気なく赤ワインを取り、口に運んだ。
 ……渋かった。
 まだ若い安物のワインだった。
 ケチるなよ!
 心の中で毒づいた。
 それでも気が済まなかったのでテーブルにグラスを置いてもう一度毒づいたあと、知っている人を探すように辺りを見回した。
 しかし、ごった返した会場の中で見つけ出すのは容易ではなかった。
 というより、自分が知っている人も、自分を知っている人も、この会場にはほとんどいないのだ。
 業界の隅の隅でうろついている男が誰かに注目されることはあり得ないことだった。
 無駄な努力を止めて、宴会場の出口へと向かった。
 それでもひょっとしてと思って扉の手前で振り向いたが、誰の視線も感じることはなかった。

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