後姿のピアニスト ~辛くて、切なくて、 でも、明日への希望に満ちていた~ 【新編集版】
 3月以降のことを頭に思い浮かべていたら、いつの間にか零時になった。
 もうそろそろ寝る時間だが、1向に眠気がやってこない。
 寝酒と寝ミュージックをやるか……、
 男はワイングラスに『Bin555』を注いだ。
 オーストラリアの『ジョージ・ウィンダム』が2015年にリリースしたシラー種の赤ワイン。
 これはキャップ式なので日常ワインとして最適だ。
 飲み過ぎないように棚から小ぶりのワイングラスを出し、三分の一ほど注いでスワリングして香りを楽しんだ。
 
 しかし、すぐには飲まない。
 お供に音楽が欠かせないからだ。
 本棚から取り出したのは『WINTER STORIES』だった。
 ブライアン・カルバートソンが2019年の冬にリリースしたアルバム。
 アメリカではあまり話題にならなかったようだが、男にとってはお気に入りリストの上位に入る欠かせないアイテムだ。
 キーボードとトロンボーンの両方を操るブライアン・カルバートソンだが、今回はキーボードに専念していて、特に生ピアノへの入れ込み方が半端ない。
 ドラムとベースとピアノだけのシンプルな編成で淡々と演奏が続くが、それが〈冬〉のイメージを表すのにこれ以上ない効果をもたらしている。

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