後姿のピアニスト ♪ 新編集版 ♪
 追い打ちをかけるようなことが起こった。
 噂だ。
 それも心無い酷い噂が聞こえてきた。
『コロナを撒き散らす店』という噂だった。
 それがSNSで拡散するのに時間はかからなかった。
 その上、店と看板の写真が投稿されたと思ったら、いつの間にか看板の文字が『コロナベーカリー』に変わっていた。
 匿名をいいことに酷い虐めが横行し始めた。
 なんでもありの状態になった。
 運営会社に削除依頼をしたが取り合って貰えなかった。
 
 奥さんはノイローゼのようになった。
 もう商売を続けていくのは無理だと泣いた。
 女は精一杯慰めたが、奥さんの気分が上向くことはなかった。
 更に追い打ちをかけたのがご主人の変調だった。
 入院中に発現した味覚障害が退院後も続いたのだ。
 これはパン職人としては致命的だった。
 味がわからないご主人がパンを作ることはできない。
 それはつまり店を再開できないということを意味していた。
 味覚障害のご主人とノイローゼの奥さんが最悪の決断を導き出すのに時間はかからなかった。
 それは、廃業と従業員解雇という後戻りできない決断だった。
 すべての関係者の目から光が消えた。

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