後姿のピアニスト ♪ 新編集版 ♪
「うちに来ない?」
 それは突然の投げかけだった。
 女はピンとこなかった。
 うちに来ないって、どういうこと?
「引っ越してらっしゃい」
 直球だった。
「何もかも全部変えればいいのよ」
 そうするのが当然という口調だった。
「はあ」
 女は気の抜けた返事しかできなかった。
「ダメなことを引きずっていたらドツボにはまるわよ!」
 断固とした口調だった。
 それにしても、どうしちゃったんだろう? 
 この前会った時はご主人に先立たれて辛そうにしていたのに。
 女はその変わり様についていけなかったが、突然、奥さんは夢の中で見たことを話し始めた。
 ご主人が出てきたのだという。
 お前がしょんぼりしていると自分も元気が無くなる。
 辛そうな顔を見ていると心が締め付けられる。
 だから、そんな顔しないで明るく笑って欲しい。
 そう言われたらしい。
「あの世に旅立ってまで私のことを心配してくれていたなんて……」
 泣き笑いのような顔になった。
「私のことが心配で天国へ行けなくなったら可哀そうだからね」
 窓越しに空を見上げた。
「もう大丈夫よ。そんなところにいないで早く天国に行って!」
 空の方に向かって手を振った。

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