『後姿のピアニスト』 ~辛くて、切なくて、 でも、明日への希望に満ちていた~ 【新編集版】
 メルマガが10回を超えた頃、ついに念願の時がやって来た。
 それは5月2日のことだった。

 東京では4月1日に初めて感染者が100人を超え、4月9日に187人を記録したあとも高水準の感染者数が続いた。
 4月下旬に数日間減少傾向が見られたが、5月に入って再度増加し、危機感を強めた首相や担当大臣が「他人との接触を最低7割、できれば8割減らして欲しい」と声を枯らして訴えていた。
 しかし、緊急事態宣言解除の道筋がまったく見えてこない中で、多くの人が不安を抱えて暮らしていた。外出することもままならず、買いたいものも買えない日常が続いていた。
 そんな時、待ちに待ったメールが届いたのだ。
 
『メルマガを毎回楽しみにしております。拝見する度においしそうな野菜だなと涎を垂らしながら見つめております。そして、一度食べてみたいなと思っております。しかし、取り扱いのある高級スーパーが近所にない私は手に入れる手段がありません。直接個人に売っていただくわけにはいかないでしょうか。ご検討ください』

 このメールをきっかけにしたように、直接売ってもらいたいという内容のメールが次々に入るようになった。
 男はこれを待っていたのだ。こちらから売り込むのではなく、ご要望に応えて販売を開始する形に持っていきたかったのだ。

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