『後姿のピアニスト』 ~辛くて、切なくて、 でも、明日への希望に満ちていた~ 【新編集版】
「それにしてもこんな量を……」
 女は、二人ではとても食べきれないと首を横に振った。
 すると、うんわかってる、というふうに頷いて、「実はね、これを『子ども食堂』に持っていきたいの」と目を細めた。
「子ども食堂ですか?」
 ちょっと甲高い声を出してしまったので慌てて口を塞ぐと、奥さんはその背景にあるものを説明し始めた。

 政府の要請によって小中学校や高校が休校になると共に給食が中止になり、それに伴って貧困家庭の子供が大きな影響を受けていた。
 給食が無くなれば昼食は自分で賄わなければならない。
 それは、日々の暮らしに四苦八苦している貧困家庭にとって容易なことではなかった。
 中には、ちゃんと食事が取れるのは学校給食だけという子供も少なくない。
 彼らにとっては生死にかかわる問題でもあるのだ。
 そんなニュースを目にする度に奥さんは心を痛めていたという。
 
「子供のうち、七人に一人が貧困家庭らしいの。彼らは給食費を免除されているから無料で食べられるのだけど、学校が休校になるとその分を自宅で食べなければならなくなるから一気に負担が増えることになるの。ただでさえ厳しい環境で暮らしているのに、更に追い打ちをかけられているの」

 女もそのことは知っていた。
 給食が中止になった上に、頼みの綱でもある子ども食堂までもが中止に追い込まれているというニュースを見たことがあった。
 感染拡大防止の観点から公民館などの施設が使えなくなり、更に、企業からの寄付が業績悪化に伴って削減されているらしい。
 その数は全国でかなりの数に上り、貧困家庭に深刻な影響を与えているようだった。
 
「資金援助のような大きな手助けはできないけれど、何かお役に立てるものがないかと考えていたの。そんな時、この朝採れ野菜定期便のことを知って、自分たちで食べる分以外を全部寄付しようと思い立ったの」
 貧困というだけで負い目を感じている子供たちに、これ以上辛い思いをさせたくないという想いがひしひしと伝わってきた。

 早速、自分たちの必要分だけを取り出して、残りを自転車の前カゴに乗る大きさの袋と後ろの荷台に乗る大きさの細長い段ボールに詰め替えた。女のママチャリで届けるのだ。

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