後姿のピアニスト ~辛くて、切なくて、 でも、明日への希望に満ちていた~ 【新編集版】
♪ 男 ♪
朝採れ野菜定期便の予想外の受注増加でてんてこ舞いになった。
定期便の注文者数が100人を超えたのだ。
そのうち半分が週に1回、30パーセントが2週に1回、月に1回は20パーセントだった。
受注だけでなく色々な問い合わせもあり、とても1人では手が回らなくなった。
そこで、副業をしている2人と自宅で暇を持て余しているであろう経理担当役員に復帰してもらうため、カムバックメールを送った。
まだ元の給料を払える状態ではないことを付記していたが、経理担当役員からはすぐに返信があり、明日からでもOKということだった。
手数料収入として売上が立つようになったので損益管理や資金管理を頼んだ。
残りの2人からは翌日の夜に返信があった。
勤務先の了解を得て復帰するという。一人は、新婚ほやほやの男性社員で、調理品の自転車宅配の仕事をしていた。
もう一人は40代半ばの女性社員で、夫の親の面倒を見ながら、ドラッグストアでアルバイトをしていた。
翌週、男性社員が復帰した。
新本社である男の自宅に顔を見せた彼は疲れ切っていた。
思ったよりも大変な仕事だったという。
会社から配達依頼が入ると加盟店に料理を取りに行き、それを注文者に届けるのだが、先ず、ボックス型リュックなどの装備は自己負担だったこと、配達員同士の競争が激しくてオーダーが入らない時間帯が続くと焦ること、1日中自転車に乗っているので筋肉痛や股ずれに悩まされたこと、お客さんに早く届けるために急がなければいけないこと、そのため、事故の危険性を常に感じていたという。
急ぐあまり歩行者と接触しそうになったことが何度もあったらしい。
「ほんの数センチの差でぶつかりそうになった時は肝を冷やしました。振り返らずに飛ばし続けたのですが、心臓はドキドキどころかバクバクしていました。もしぶつけて大けがをさせていたら、いや、死亡事故を起こしていたらと思うと生きた心地がしませんでした。仕事が終わって〈自転車事故に関する賠償金〉で検索したら1億円近い賠償金を命じた判決を見つけて、膝の震えが止まらなくなりました。そんなことになったら人生は終わってしまいます。自分が危機1髪だったことを身に沁みて理解しました。そして、これ以上続けるべきではないと考えるようになりました。しかし、仕事をしなければ食べていくことはできません。悶々としながら配達の仕事を続けていたのです」
カムバックメールを見て救われたと頬を緩めた。
「それにしても面白いことを始めましたね」
まさか旅行代理店が朝採れ野菜定期便という企画を考えるなんて夢にも思わなかったと感心したような表情で男を見つめた。
「自分でもこういう企画を始めるなんて思ってもみなかったよ」
男は正直に成り行きを話した。
「いや、そんなことはないです。社長がお客さんのことを大事にしてきたからこそ思いついたんですよ。決して偶然ではないと思います」
すると、隣で聞いていた役員が大きく頷いた。
「社長は常にお客様のことを第一に考えていましたからね。それに、お客様からお手紙やメールをいただくと本当に嬉しそうに読まれていましたから」
朝採れ野菜定期便の予想外の受注増加でてんてこ舞いになった。
定期便の注文者数が100人を超えたのだ。
そのうち半分が週に1回、30パーセントが2週に1回、月に1回は20パーセントだった。
受注だけでなく色々な問い合わせもあり、とても1人では手が回らなくなった。
そこで、副業をしている2人と自宅で暇を持て余しているであろう経理担当役員に復帰してもらうため、カムバックメールを送った。
まだ元の給料を払える状態ではないことを付記していたが、経理担当役員からはすぐに返信があり、明日からでもOKということだった。
手数料収入として売上が立つようになったので損益管理や資金管理を頼んだ。
残りの2人からは翌日の夜に返信があった。
勤務先の了解を得て復帰するという。一人は、新婚ほやほやの男性社員で、調理品の自転車宅配の仕事をしていた。
もう一人は40代半ばの女性社員で、夫の親の面倒を見ながら、ドラッグストアでアルバイトをしていた。
翌週、男性社員が復帰した。
新本社である男の自宅に顔を見せた彼は疲れ切っていた。
思ったよりも大変な仕事だったという。
会社から配達依頼が入ると加盟店に料理を取りに行き、それを注文者に届けるのだが、先ず、ボックス型リュックなどの装備は自己負担だったこと、配達員同士の競争が激しくてオーダーが入らない時間帯が続くと焦ること、1日中自転車に乗っているので筋肉痛や股ずれに悩まされたこと、お客さんに早く届けるために急がなければいけないこと、そのため、事故の危険性を常に感じていたという。
急ぐあまり歩行者と接触しそうになったことが何度もあったらしい。
「ほんの数センチの差でぶつかりそうになった時は肝を冷やしました。振り返らずに飛ばし続けたのですが、心臓はドキドキどころかバクバクしていました。もしぶつけて大けがをさせていたら、いや、死亡事故を起こしていたらと思うと生きた心地がしませんでした。仕事が終わって〈自転車事故に関する賠償金〉で検索したら1億円近い賠償金を命じた判決を見つけて、膝の震えが止まらなくなりました。そんなことになったら人生は終わってしまいます。自分が危機1髪だったことを身に沁みて理解しました。そして、これ以上続けるべきではないと考えるようになりました。しかし、仕事をしなければ食べていくことはできません。悶々としながら配達の仕事を続けていたのです」
カムバックメールを見て救われたと頬を緩めた。
「それにしても面白いことを始めましたね」
まさか旅行代理店が朝採れ野菜定期便という企画を考えるなんて夢にも思わなかったと感心したような表情で男を見つめた。
「自分でもこういう企画を始めるなんて思ってもみなかったよ」
男は正直に成り行きを話した。
「いや、そんなことはないです。社長がお客さんのことを大事にしてきたからこそ思いついたんですよ。決して偶然ではないと思います」
すると、隣で聞いていた役員が大きく頷いた。
「社長は常にお客様のことを第一に考えていましたからね。それに、お客様からお手紙やメールをいただくと本当に嬉しそうに読まれていましたから」