後姿のピアニスト ~辛くて、切なくて、 でも、明日への希望に満ちていた~ 【新編集版】
 念願の旅行が実現したご主人は別人のように元気だったらしい。
 それに、看護師資格を持つスタッフの同行でなんの心配もなくなった奥さんも心から旅行を楽しめたのだという。
 旅行中ずっと車椅子を押してくれたスタッフへの感謝が文面に満ち溢れていた。
 しかし、幸せは長く続かなかった。
 一時帰宅期間が終わって病院に戻ったご主人の体調が急変したのだ。
 発熱と呼吸困難で言葉を交わすのも難しい状態になったそうだ。
 旅行に連れて行くべきではなかったと奥さんは悔やんだが、ご主人はか細い声で「楽しかった。お前と2人で行けて幸せだった。何も思い残すことはない。ありがとう」と言ったのだという。
 その時奥さんは思った。
 旅行をせずに死の瞬間を迎えたら、夫は死んでも死にきれなかっただろうと。
 と共に、何かの偉大な力が自分たち2人に奇跡のような時間を与えてくれたのだろうと悟った。
 息を引き取ったご主人は本当に安らかな顔をしていたのだという。
 その後に書かれていた感謝の言葉に心が震えた。

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