後姿のピアニスト ~辛くて、切なくて、 でも、明日への希望に満ちていた~ 【新編集版】
 ピザを食べ終わった東京組は、残った赤ワインをちびちびやりながら取り留めのない話を続けていた。
 男はお開きの時間を考えながら卓上の時計に目をやった。
 その時、「社長は結婚されないのですか?」と男性社員が何気ない感じで訊いてきた。
 その瞬間、役員と女性社員がフェースシールド越しに顔を見合わせて首を横に振った。
 その話は訊いてはいけないというふうに。
 
「結婚しようと思っていた女性がいた」
 言うつもりがなかった言葉が突然口を衝いた。
「あっ」
 訊いてはいけないことを質問したと感づいた男性社員が、しまった、というような表情になった。
 役員と女性社員はテーブルを片づけようと腰を浮かした。
 
「白血病だった」
 3人の視線が男に集まった。
 役員と女性社員は中腰のままだった。
 男は座るように目で合図した。
 
「急性骨髄性白血病と告げられた日のことは忘れられない」
 役員と女性社員が静かに腰を下ろした。
「手遅れだった……」
 沈痛な表情になった男性社員が(うつむ)いた。

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