後姿のピアニスト ♪ 新編集版 ♪
 現実に戻った男の視線は手の付いていない4皿に向かった。
 テーブルの半分では収まりきらず、こちらのスペースの一部に侵入していた。
 思わずため息が漏れ、それに促されるようにスマホを見た。
 もう何度目だろう。
 しかし、着信はなかった。
 彼女を信じる気持ちに変わりはなかったが、邪悪な囁きが耳の奥でどんどん大きくなっていた。
 
 いくら待っても彼女は来ないよ。
 信じても無駄だよ。
 
 男は頭を振ってその囁きを消して残りのリングイネをすべて口に入れた。
 来る、
 来る、
 来る! 
 噛む度に心の中で呟いて邪悪な囁きを追い出した。
 しかし、ドアから入ってくる人は1人もいなかった。
 
 デザートが運ばれてきた。
『マチェドニア』
 細かくカットされた色々なフルーツがアイスクリームと共にワイングラスの中で色彩を放っていた。
 日本のフルーツポンチと違ってさっぱりとした酸味が心地良かった。

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