後姿のピアニスト ♪ 新編集版 ♪
 ホールスタッフを呼んで料理を片づけるように頼むと、彼は無言で頷いて厨房の方へ行き、木製のワゴンを手で押して戻ってきた。
 しかしすぐに片づけようとはしなかった。
 その目は躊躇っているように見えた。
 本当によろしいんですか? 
 もう少しお待ちになったらいかがですか? 
 彼の手はワゴンのハンドルを握ったままだった。
 
 この人は自分と一緒に彼女を待っていてくれたんだな、と思うと、その気持ちが嬉しかった。
 しかし、区切りは付けなければならない。
 男は右の掌を上に向けて皿の方へ動かした。
 すると彼は頷いて前菜の皿に手を伸ばしたが、でも掴まず、視線を男に向けた。
 本当にいいんですね? 
 男は小さく顎を引いた。
 わかりました。
 彼は皿に視線を戻してゆっくりと手を添えた。
 その時だった。
 ドアが開いた。
 誰かが飛び込んできた。
 髪が乱れていた。
 息を弾ませていた。
 男を見た。
 頬を抓った。
 頬から手を離した。
 唇が動いた。
 しかし声は届かなかった。
 でもわかった。
 ごめんなさい。
 男は彼女の目を見ながら小さく頷いた。
 息を整えた彼女がテーブルに近づくと、ホールスタッフが椅子を引いた。
 ごゆっくりお召し上がりください。
 笑みを残して空のワゴンと共に厨房に消えた。

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