後姿のピアニスト ~辛くて、切なくて、 でも、明日への希望に満ちていた~ 【新編集版】
 勤務が終わってロッカールームで着替えをしていた時、妊娠中の同僚が急にお腹の張りと痛みを訴えたため、ずっと付き添っていたのだという。
 薬剤部に同期入職して親しくしていたから心配でずっと手を握っていたのだという。
 幸い破水などはなかったため緊急入院にはならなかったが、それでも心配で、同僚のご主人が病院に到着するまで側にいたのだという。
 
「電話もしないでごめんなさい」
 謝り続ける彼女に、気にしなくていいからと笑いながら手を振ったが、実は、なんて可愛いんだろうとときめいて(・・・・・)いた。
 
 髪型と化粧を直してきた彼女と料理を写真に納めた男は、プロセッコをツーグラス頼んで、彼女と乾杯をした。
 同期の薬剤師が健康でかわいい赤ちゃんを産めますように、と。
 そして、記念すべき初デートのハプニングに感謝、と。
 その瞬間、彼女の目から涙が一筋流れた。
 この店に向かって走りながら最悪のことばかり考えていたのだという。
 当然怒って帰っているだろうし、謝罪の電話をしても出てくれないだろうし、もう二度と会ってくれないだろうし、取り返しのつかないことをしてしまったと自分を責め続けていたのだという。
 だから店に飛び込んで席にいる男を見た瞬間、現実だとは思えなかったらしい。
 だから頬を抓ったのだという。
 そして痛くて幸せだったと、はにかんだような笑顔を見せた。
 その笑顔を見て、運命の人に出会ったことを悟った。
 この人と共に人生を歩く! 
 心の声に頷いた。

< 256 / 373 >

この作品をシェア

pagetop