後姿のピアニスト ~辛くて、切なくて、 でも、明日への希望に満ちていた~ 【新編集版】
 葬式が終わり、用意されたタクシーに乗り込み、火葬場へ移動した。
 火葬前の最後の面会のために棺の蓋が開けられた。
 きれいに化粧が施された彼女の美しい顔が目の前にあった。
 頭を撫でて、おでこに触って、頬を撫で、唇に触れた。
 本当はキスがしたかった。
 最後にキスをしながら、ありがとうと伝えたかった。
 でも、できるわけがない。
 唇に触れながら彼女の感触を指に憶えさせた。
 
「キスしてあげて」
 彼女のお母さんだった。
 男の背中に軽く手を添えて静かに押した。
 彼女の唇の上に置いた男の指が濡れた。
 堪えていた涙が爪の上で光った。
 鼻水が落ちそうになった。
 すすり上げた。
 それでも止められそうになかった。
 白いハンカチが差し出された。
 彼女のお父さんだった。
 背中の手が2つになった。
 
 彼女に顔を近づけ、唇に触れた。
 冷たかった。
 でも、彼女の唇だった。
 キスをしたまま、ありがとう、と言った。
 さようなら、とは言わなかった。
 
「ありがとう……」
 お母さんだった。
「ううっ……」
 お父さんだった。
 背中の2つの手が喪服を掴んで震えていた。

 ………

 
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