後姿のピアニスト ♪ 新編集版 ♪
 斜面の小道を通って川沿いまで下りてピッティ宮殿へ向かった。
 一刻も早く彼女に見せてあげたかった。
 ラファエッロの代表作『小椅子の聖母』を。
 
 切符売場の前に行列はなかったので、美術館にはすぐに入れた。
 見逃さないように一つ一つ確かめながらゆっくり進んでいくと、ドアの上にひっそりと飾られている絵が迎えてくれた。
 丸く縁どられたトンドと呼ばれる円形画だった。
 1514年頃に制作されたラファエッロの代表画。
 
 この眼差しを見てみたかったの。
 優しい眼差しだね。
 それに温かいわ。
 そうだね、それに慈しみに満ちているね。
 こんな眼差しを送れる女性になりたかったの。
 男は写真に写る彼女の目を見た。
 負けないくらい優しい眼差しだよ。
 本当? 
 それどころか世界一だと思うよ。
 お上手ね。
 そんなことはないさ、嘘偽りない気持ちだよ。
 ありがとう。
 こちらこそ。
 彼女の目にキスをして聖母を見上げると、
 お熱いのね、と聖母が笑った。

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