後姿のピアニスト ♪ 新編集版 ♪
 夕暮れになった。
 アルノ川に架かるヴェッキオ橋に向かった。
 フィレンツェ最古の橋で、1345年に建造されたものだという。
 橋の両側には貴金属店や宝石店が並んでいた。
 彼女に似合いそうなものを探そうと店頭を覗きながら歩いていると音楽が聞こえてきた。
 
 目をやると、中央部の開けた場所で男女のデュオが演奏をしていた。
 しかし知らない曲だった。
 イタリア語なので現地のヒット曲かもしれなかった。
 
 その曲が終わって拍手をしていると、「次は私の一番好きな曲を歌います」と英語で言って、ジーンズの上に花柄のシャツを着た髪の長い女性ピアニストがギターを持つ長身の男性に目配せをした。
 その瞬間、演奏が始まり、大好きな曲が耳に届いた。
『YOUR SONG』
 エルトン・ジョンとは趣の違う優しい歌声が観光客の足を止めた。
 するとそれに合わせるかのようにエレキピアノを弾きながら歌う彼女の背中に夕陽が沈んでいった。
 幻想的なシーンに目と耳が釘づけになる中、演奏が終わると、大きな拍手が沸き起こると共に多くの観光客が蓋が開いたギターケースの中に小銭を投げ入れた。
 男も同様にしようとしたが手が止まった。
 ケースの中のCDに気づいたからだ。
 そのうちの1枚を手に取って裏面を見ると、『YOUR SONG』というクレジットを見つけた。
 手放せなくなって、これ貰うよ、とピアニストに目配せをしてギターケースの中に10ユーロを置いた。
 すると、「グラッツェ」と笑みを返してくれた。
 幸せな気分でヴェッキオ橋をあとにした。

< 289 / 373 >

この作品をシェア

pagetop