後姿のピアニスト ♪ 新編集版 ♪
「ローマに行ったらバイクに乗って、映画のストーリーと同じように廻ってみたいの
 あの日、目を輝かせて彼女が言った。
「スペイン階段に座ってジェラートを食べたいの、ジョーがやったみたいに真実の口に手を入れて私を驚かせて」とも言った。
「あ~待ち切れない」と後ろから抱きついてきた。
「あなたの背中に顔をくっつけてローマの風を感じたい」と夢見るような声が男のハートを掴んだ。
「必ず行こうね、映画と一緒の順番で廻ろうね」
 へその前で手を組んだ彼女の10本の指に男は自らの指を重ねた。

 そんな彼女に約束した日のことが鮮明に蘇ってきた。
 すると、へその前で結んだシャツの袖が嬉しそうにはためいた。
 気持ちいいかい? 
 風を感じているかい? 
 自転車を漕ぎながら彼女に話しかけた。
 とっても気持ちがいいわ。
 髪がなびいているのが見える? 
 しっかり抱きついているのがわかる? 
 そう言って男の首筋にキスをした。
 幸せな気分になった男は、彼女がもっと風を感じられるようにペダルを強く踏みこんだ。
 スピードを出すからしっかり掴まっていてね、
 後ろに向かって声をかけると、シャツの結び目がギュッと締まったように感じた。

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