後姿のピアニスト ♪ 新編集版 ♪
 ピザを食べに行こうね、
 ヴェスヴィオ火山を見上げながら彼女を誘った。
 いいわね。
 ティレニア海を見つめていた彼女が頷いた。
 何がいい? 
 そうね……、
 彼女が首を傾げた。
 やっぱりマルゲリータかな。
 笑顔で見つめられた。
 そうだね、じゃあ、私は何にしようかな? いろんな味を試したいから4種ミックスにしようかな? 
 いいわね、私にもちょっと分けてくれる? 
 いいよ、あ~んしてあげる。
 本当? 
 彼女が嬉しそうに笑った。
 
 男はナポリの大聖堂の前にあるピッツェリアに入り、ピザを注文した。
 しかし、店員が運んできたそれを見て驚いた。
 マルゲリータと4種ミックスでテーブルがいっぱいになったのだ。
 目を丸くしていると、周りのテーブルから興味津々といった視線を感じた。
 1人で食べられるのか? といった好奇な視線だった。
 それがちょっと気になったが、テーブルの下で秘かにベルトを緩めて臨戦態勢に入った。
 
 よし、準備OKだ。
 手でつかんでマルゲリータにかぶりついた。
 美味かった。
 ピザ職人の魂が入っていた。
 生地は歯ごたえがあるのにサクサクと軽い。それに、トマトやモッツァレラチーズ、バジリコのバランスが最高で、それぞれが主張しながらもハーモニーを奏でている。
 本場ならではの味に感心したが、ふと見ると、私も食べたい、というように彼女が口を開けていた。
 ごめん、ごめん、と謝ってから一切れ取って写真の口に近づけた。
 美味しい? と訊いた瞬間、彼女の顔が恵比寿さんになった。
 
 今度は君が最初だからね。
 4種ミックスの中からマリナーラを切り分けて彼女の口に近づけた。
 どう? 
 ニンニクの風味が最高! 
 また恵比寿さん顔になった。
 それから……、
 次をどれにするかちょっと迷ったが、チーズの上にアンチョビが乗ったものを彼女に少し分けてから自分の口に入れた。
 う~ん、最高。
 ローマ風のピザらしいが、これもまたいい。
 それにロゼが合う! 
 アンチョビに赤ワインは難しいから、店の人の意見を聞いてロゼにして正解だった。
 奥に立っているスタッフにグラスを掲げると、彼は右手親指を立てて嬉しそうに微笑んだ。
 
 最後は生ハムが乗ったピザを2人で分けた。
 フィレンツェ風らしい。
 アーティチョークがアクセントになったこれもいける。
 全部食べたら胃がパンパンになって動けなくなった。
 スタッフからエスプレッソを勧められたが、頷くわけにはいかなかった。
 胃の隙間はもう1ミリも残っていないのだ。
 今夜は食事を抜こうとその場で決めた。

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