後姿のピアニスト ♪ 新編集版 ♪
 アマルフィに行けなくてごめんね、
 シチリア行きの電車から海の方向を眺めながら彼女に謝った。
 アマルフィには鉄道が通っていないのだ。
 金銭的な制約によって時間的な余裕がないので、アマルフィをパスする以外に選択肢がなかった。
 もう一度ごめんねと言った瞬間、在りし日の会話が蘇ってきた。
 
『アマルフィ 女神の報酬』を見た彼女が、「あなたが織田裕二で、私が天海祐希。海岸に面した素敵なお店でリモンチェッロを飲みたいな」と言ったのだ。
「イイネ、それいい。絶対行こう」とその時は約束したのだが……、

 ごめんね。でも、リモンチェッロは買ったから、電車の中で一緒に飲もうね。
 バッグからボトルとプラスチック製コップを取り出して注ぐと、レモンの爽やかな香りが漂った。
 乾杯! 
 彼女の口に近づけた。
 香りと味はどう? 
 爽やかで甘くておいしいわ。
 よかった。
 でも、ごめんね、アマルフィに行けなくて。
 いいのよ、目を瞑ればここがアマルフィだわ。
 ありがとう、私も目を瞑るね。
 本当だ、アマルフィの海が見えた。
 君と手を繋いで海岸を歩いている。
 天海祐希より素敵な君と一緒にいられるなんて、世界で一番の幸せ者だね。
 私もよ、あなたは織田裕二より何倍も素敵よ。
 
 …………
 
 いつの間にか夕陽が落ちた海岸で彼女と抱き合ってキスをしている夢を見ていた。
 ヒロインとヒーローになれたね。
 天の川の囁きを乗せた流星が祝福するように降り注いだ。
 
 …………

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