後姿のピアニスト ~辛くて、切なくて、 でも、明日への希望に満ちていた~ 【新編集版】
 夢から覚めると、列車はイタリア本土の先端、ヴィラ・サン・ジオバーニに到着しようとしていた。
 ここから引き込み線を通ってフェリー乗り場へ向かう。
 そしてそのまま電車ごとフェリーでシチリア島へ向かうのだ。
 8両編成の列車が4両ずつに切り離されて、船内にある2本の線路に納められた。
 
 約1時間の船旅が始まった。
 デッキに上がって窓際の席でエスプレッソを飲んだが、いつもと味が違っていた。
 ちょっとセンチな気分になっているからかもしれなかった。
 彼女との楽しい旅が終わりに近づいているからだ。
 内ポケットから写真を取り出して囁きかけた。
 旅が終わってもずっと一緒だからね、
 しかし彼女は目を合わそうとはしなかった。
 寂しそうに海を見つめていた。
 
 船が着岸して線路が連結されると、また電車が走り出した。
 パレルモへ向かう電車の窓からは青く広がる海が見えた。
 もうすぐ旅の終着駅だよ、
 男は海に向かって写真を掲げた。
 ゲーテが「世界で最も美しいイスラムの都市」と称賛したパレルモに君は来たかったんだよね。
 太陽とオリーブ、アーモンド、オレンジの中を歩きたかったんだよね。
 そこにやってきたんだよ。
 君の憧れの地、パレルモにやって来たんだよ。
 ……、
 どうしたの、涙ぐんだりして。
 だって、本当に来れるなんて……、
 バカだな、約束したんだから当然だよ。
 ……、
 また泣く、
 だって……、
 パレルモに涙は似合わないよ。
 さあ、笑って。
 うん、もう泣かない。
 男は彼女の涙を吸い取るようにキスをした。

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