後姿のピアニスト ~辛くて、切なくて、 でも、明日への希望に満ちていた~ 【新編集版】
 翌日、市内の名所を回ったあと、バスに乗ってモンデッロへ向かった。
 20分ほど揺られると、綺麗な海が見えてきた。
 バスを降りて海に向かって歩いた。
 透明度が半端なかった。
 男はジーンズの裾をまくり上げて足首まで海に入った。
 
 綺麗だろ? 
 彼女の写真を海面に近づけた。
 本当、透き通ってる。
 ティレニア海だよ。
 泳ぎたいわ。
 そうだね、水着になろうか。
 ビキニを持ってきたの。
 君の好きな花柄だね。
 そう、そしてあなたの好きな花柄。
 似合ってるよ。
 ありがとう。あなたも水着になったら?
 そうする。
 熱帯魚のプリントが可愛い。
 ありがとう。
 さあ、泳ごう。
 遠浅の海を2人でどこまでも泳ぎ続けた。
 浜に戻って息を整えていると、思い詰めたような声が鼓膜に纏わりついた。
 お願いがあるの。
 なんだい?
 ここに私を埋めて。
 えっ?
 骨とリングと2人で写った写真を砂浜に埋めて欲しいの。
 でも、
 お願い、ここに埋めて。
 でも……、
 男は狼狽えた。
 骨とリングを埋めてしまったら彼女の形見が無くなってしまうからだ。
 そんなことできるはずがなかった。
 どんなに頼まれても聞き届けるわけにはいかなかった。

< 296 / 373 >

この作品をシェア

pagetop