後姿のピアニスト ~辛くて、切なくて、 でも、明日への希望に満ちていた~ 【新編集版】
 バスを降りると雨は止んでいたが、低く垂れこめた雲が無理矢理我慢しているようだった。
 ありがとう。
 空に向かって呟いた。
 昨日と同じ場所に座ると、ジーパンの尻がじっとりと濡れた。
 目の前に広がる海は塞ぎ込んでいるように見えた。
 そのせいか、砂浜を歩く人は誰もいなかった。
 
 不機嫌そうな海から目を逸らして手に持った写真を見つめた。
 君が望むなら……、
 砂の上にビニール袋と写真を置いた。
 ここでいいかい?
 返事はなかった。
 もっと後ろの方がいいかい?
 返事はなかった。
 しかし、海からの風に吹かれて写真がわずかに動いた。
 後ろの方がいいんだね、
 10メートルほど下がって腰を下ろすと、さっきよりはるかに見晴らしがよかった。
 ここでいいかい?
 今度も返事はなかったが、さっきと同じくらいの風が海から吹いても写真は動かなかった。
 ここでいいんだね。
 確認するように写真を見つめてから両手で砂を掘った。
 50センチほどの深さになるまで掘り続けた。
 砂は重く湿っていたが、温かかった。
 すると、ウミガメの卵が孵化(ふか)する映像が脳裏に浮かんだ。
 ここで生まれ変わるのかい?
 しかし沈黙しか返ってこなかった。
 小さくため息を吐いた男は生卵を置くようにそっとビニール袋と写真を穴の底に置いた。

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