後姿のピアニスト ♪ 新編集版 ♪
 しかし、埋められなかった。
 埋められるはずがなかった。
 2つを取り出して写真に頬ずりをして、袋の上からリングに口づけをした。
 すると、ぽつんと雨粒がビニール袋の上に落ちた。
 低く垂れこめた雲は、我慢の限界だと顔をしかめていた。
 そうだね、雨が降る前に埋めないとね……、
 ビニール袋と写真に口づけをして穴の底に戻し、その上から少しずつ砂をかけた。
 彼女の顔が見えるように周りから埋めていった。
 見えるのは彼女の顔だけになった。
 もう口づけもできないし頬ずりもできない。
 砂がついた人差し指を自分の唇に当ててから、彼女の唇の上にそっと置いた。
 
 爪に雫が落ちた。
 雨粒ではなかった。
 肩の震えが止まらなくなった。
 嗚咽が雨を呼んだ。
 風を呼んだ。
 波しぶきを呼んだ。
 叩き付ける雨に全身を震わせた。
 体の核が共鳴した。
 あ~~~~~~~~~、
 この世のものとは思えない叫びが体の奥から噴き出した。
 打ち消すように海鳴りが襲いかかってきて、男の叫びを包み込んだ。
 そして、渦を巻くように空へ連れ去って消えた。

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