『後姿のピアニスト』 ~辛くて、切なくて、 でも、明日への希望に満ちていた~ 【新編集版】
 6月になった。
 男は部屋のシミのままだった。
 このまま壁の中に吸い込まれて消えていくのではないかと本気で思った。
 筋肉が落ちて、頬がこけ始めていた。
 あれから一度も声を出していなかった。
 声帯が存在しているのか自信がなかった。
 あれから一度も笑ったことがなかった。
 笑顔がどんなものか記憶から消えていた。
 あれから一度もテレビを見ていなかった。
 世の中がどうなっているのかまったくわからなかった。
 それに、なんの関心もなかった。
 どうなっていようと関係ないのだ。
 外出もほとんどしなかった。
 冷蔵庫が空になった時に食料品を買いに行くのと、ゴミ出しの時だけ外に出たが、誰とも会話することなく、急いで部屋に戻り、ほとんどの時間をベッドに横になって過ごした。
 その方がお腹が空かないし、楽だったからだ。

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