後姿のピアニスト ♪ 新編集版 ♪
「When one door of happiness closes, another opens」
 運転手の声と表情が蘇った。

 一つの幸せな扉が閉じた時、別の扉が開く。

 バスが視界から消えた時、ポケットからスマホを取り出して、スペルを間違えないように気をつけながら入力した。
 すぐに検索結果が表示された。
 ヘレン・ケラーの言葉だった。
 続きがあった。

「When one door of happiness closes, another opens; but often we loOK so long at the closed door that we do not see the one which has been opened for us」

 一つの幸せな扉が閉じた時、別の扉が開く。しかし、多くの場合我々はその閉まった扉をいつまでも見つめているために、新たに開いた幸せの扉が見えない。
 
 この言葉を何度も口に出して、その意味するところを考えた。
 何度も考えた。
 しかし、自分にとって意味のある言葉だとは思えなかった。
 彼女との扉が閉まって、自分はその扉を見続けている。
 それは間違いない。
 しかし、新たに開く幸せの扉は必要ない。
 望んでいるのは彼女との扉が再び開くことなのだ。
 彼女以外との扉が開こうとどうしようと関係ないのだ。
 だから、閉まった扉を見続けながらこれからも生きていくのだ。
 いつまでも一緒だからね、
 呟きを乗せて雨の中に彼女を探した。
 そして返事を待った。
 しかし、いつまで待っても彼女は姿を見せず、声は聞こえなかった。
 それでも雨の中で待ち続けた。
 雨が彼女の所に連れて行ってくれるのを期待しながら。

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