後姿のピアニスト ~辛くて、切なくて、 でも、明日への希望に満ちていた~ 【新編集版】
 あの日から心の中に降る雨は止まなかった。
 日本に帰った男は、ずぶ濡れになりながらただボーっと1日を過ごしていた。
 生きているのかどうかさえ定かでないような状態が続いた。
 体の中から魂が抜けて、存在のない状態に陥っていた。
 
 退職金の残りが少なくなっていた。
 といって、どこかに就職する気は起こらなかった。
 それは、多くはない蓄えだけで暮らしていかなければならないことを意味していた。
 しかし、その蓄えは1年と持ちそうになかった。
 
 ただ呼吸をしているだけでもお金は出て行く。
 家賃、電気代、ガス代、水道代、税金、保険料、スマホ代……。
 新聞を止めて、クリーニングに出すのは止めて、ヘアカットも自分ですることにしたが、その程度を倹約してもたかが知れていた。

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