後姿のピアニスト ~辛くて、切なくて、 でも、明日への希望に満ちていた~ 【新編集版】
女、そして、男
          ♫ 女 ♫

 子供たちを花屋敷に呼んでピアノを教えることは叶わなかった。
 NPO法人の理事長に相談したところ、難しいと言われたのだ。
 希望する全員に教えるのであれば良いが、何人かにだけ教えるのは止めて欲しいと言われた。
 公平でも平等でもないというのが理由だった。
 言われてみればその通りだった。
 ここに来ている子供が全員希望した場合、それに対応することはできない。
 花屋敷にそんなキャパシティはないし、女一人で対応するのは無理だった。

「なんらかの負い目を持っている子供たちにこれ以上ストレスをかけたくないの」
 差別されている、自分は選ばれなかった、そんな理不尽な目に遭わせたくないのだときっぱり言われた。

 女は頷くことしかできなかった。
「気を悪くしないでね。あなたの気持ちはとても嬉しいの。何か役に立ちたいという想いから来ていることはよくわかっているし、とてもありがたいと思っているの。ただね、いろんな影響を考え抜かないと逆効果になることもあるということを知ってもらいたいの」
 良かれと思ってやったことがとんでもないことを引き起こす例をたくさん見てきたのだと戒めるような表情を浮かべた。

 女が花屋敷に戻って伝えると、奥さんはただ黙って一度だけ大きく頷いた。
 それは2人にとって残念なことではあったが、しかし支援を続けたいという気持ちが変わることはなかった。
 定期的に野菜を届けることに加えて、届けた日は子供が家に帰るまで相手をしてあげることを決めた。
「これだけでも立派なボランティアよ」
 暗くなっていた女の気持ちが少し軽くなった。

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