後姿のピアニスト ♪ 新編集版 ♪
『朝採れ野菜定期便』は想像を超える勢いで売上が拡大していた。
 テストマーケティングを終えて、次の段階に進めた途端、注文客数が一気に200人を超えたのだ。
 採れたての野菜がその日に届くことと、今まで経験したことのない瑞々しさ、自然な甘さが顧客の心を掴んだようだった。
 そのせいか、新規が増えるだけでなく、リピート客がしっかりと固定化した。
 その上、毎週注文してくれる人が三分の二を超えた。
 高級ホテルの落ち込み分を補うまでには至っていなかったが、それでも、野菜の廃棄量は大幅に減少していた。
 
 しかし、男の頭を悩ませる問題が日毎に大きくなっていた。
 対象を全国に拡大していたメルマガの受信者から問い合わせが急増していたのだ。
 東京都限定販売の定期便のことを知った顧客が、自分も注文したい、どうやって注文したらいいのか、というメールを送ってきたのだ。
 それは日を追う毎に増えていた。
 
 嬉しい半面、困ったことになった。
 要望に応えたいのはやまやまだが、物理的に無理だった。
 東京都以外には流通ルートを持っていないため、朝採れ野菜をその日の内に届けることができないのだ。
 既存の宅配便を利用したら早くても翌日の配達になる。
 遠隔地では数日後になる。
 そうなると、新鮮なイメージは激減する。
 当然リピートは来ない。
 そんな商売をするわけにはいかない。
 しかし、要望は増え続けている。
 男は頭を抱えた。

< 315 / 373 >

この作品をシェア

pagetop