後姿のピアニスト ~辛くて、切なくて、 でも、明日への希望に満ちていた~ 【新編集版】
 男は目隠しをされてリビングで待ち受けていた。
 そこに、女性社員が二つの皿を持ってきた。
 一つは特殊なフィルムで包装して宅配便で送った5日前のトマト、もう一つは定期便で送った朝採れのトマト。
 女性社員は二つの皿を机の上に置いて目隠しを解き、右掌を上にして男の方へさっと動かした。
 さあお試しになって、と促すように。

 男はそのうちの一つを手に取り、色や皮の状態、ニオイを確かめた。
 口に入れて噛むと、ジュワッと口の中に新鮮な酸味と甘さが広がった。
 続いてもう一方を食べた。
 しかし、違いはほとんど感じられなかった。
 それを伝えると、彼女は手を叩いて喜びを表した。
 するとすぐに本社の3人が目隠しをせずに食べ比べた。
 男と同じ感想を漏らすと、ヤッター! という歓声と拍手が沸き起こった。
 東京都以外に住む顧客への対応が可能になった瞬間だった。
 それは、観光業以外の柱ができた瞬間でもあった。
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