後姿のピアニスト ~辛くて、切なくて、 でも、明日への希望に満ちていた~ 【新編集版】
 7月1日、本社である男の自宅に集まった社員3人の顔には喜びが溢れていた。
「おめでとうございます」
 リモートで会議に参加している岩手でも社員が喜びを爆発させていた。
 会社の設立記念日であり、10周年という記念すべき日に誰もが高揚を隠せないでいた。
 
 しかし、男に浮かれた気持ちはなかった。 
「設立10周年に当たり、とても大事なことをこれから話します」
 声を張り上げると、東京の3名と岩手の7名の視線が集まった。
「突然で驚くかもしれませんが、本社を岩手県に移します」
「えっ?」
 声と共に東京の3人が息を呑んだ。
 岩手の7人は目を大きく見開いていた。
「事業構造も大きく変えます」
 社員の顔が強ばったように見えた。
「旅行代理業から課題解決企業へ変身します」
 社員の視線が一層鋭くなったように感じた。
 それはまるで男を突き刺すかのようだった。
 
「『ビジネス・ソリューション・カンパニー』へと定款を変更します。『新鮮朝採れ野菜の販売促進』『ICTを活用した農業の生産性改善支援』『古民家活用ビジネス支援』を三本柱として、それに『岩手県観光促進事業』を組み合わせるのです」
 すると、わ~っ、という声が一番若い女性社員から発せられた。
 その横で拳を握っている男性社員の姿が見えた。
 20代の社員5名が手を叩き始めた。
 既婚者の2人は腕を組んで何かを考えているようだった。

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