後姿のピアニスト ~辛くて、切なくて、 でも、明日への希望に満ちていた~ 【新編集版】
 首都高から中央環状などを経て東北自動車道に合流したのは、運転を始めてから1時間近く経った頃だった。
 久しぶりの運転で疲れたようで、鎌田サービスエリアで休憩を取ることになった。
 まだお腹は空いていなかったので、眠気覚ましのコーヒーだけを飲んで出発した。
 
 次に休憩したのは栃木県の佐野SAだった。
 女は『霧降高原豚生姜焼き定食』を、奥さんは『ボンゴレロッソ風みみうどん』をペロッと平らげた。
 
 上河内SAが3番目の休憩地だった。
 奥さんはちょっと甘いものが欲しいと言って、『とちおとめジェラート』を舐めるように食べた。
 女は助手席で居眠りをしないようにとブラックコーヒーで脳に活を入れた。
 
 その次の休憩地、那須高原SAで『御用邸チーズケーキ』を堪能したあと、奥さんはストレッチを入念に行った。
 これからのドライブに備えているようだった。
 
 気合が入ったのか、奥さんは安達太良SAと国見SAをパスして前沢SAまでハンドルを握り続けた。
 大丈夫かな? と思わないでもなかったが、水を差すわけにもいかず、奥さんが眠くならないように女は1生懸命話しかけた。
 
 サービスエリアに着くと、奥さんは大きく背伸びをしたあと、「前沢牛を食べるわよ」と言って女の背中を押した。
 そして席に座るなり『前沢牛すき焼き丼小麺セット』を頼んだ。
 運ばれてきた途端、女の味蕾が催促を始めた。
 口に入れると、甘辛いタレが滲みた前沢牛の旨味が一気に広がり、それからあとは一心不乱に箸を動かした。
 そしてほぼ同時に食べ終えた2人はもう無理というようにお腹を擦ってから、「ご馳走様でした」と声を合わせた。
 
「さあ、盛岡南まで一気に行くわよ」
 ハンドルを握った奥さんが腕まくりをする振りをしたので、女も気合を入れて同じ動作をした。

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