後姿のピアニスト ~辛くて、切なくて、 でも、明日への希望に満ちていた~ 【新編集版】
「さあ行きましょう」
 奥さんがハンドルを握ったので、「ナビ良し! 天気良し! 体調良し!」と女は前方に右手の人差し指を突き出した。
「面白い人」
 奥さんが笑ってアクセルを踏み込んだ。

 目的地は北上川を超えた先にあった。
 近くにリンゴ園があるからわかりやすいのだと言う。
 北上川とリンゴ園と聞いて何かロマンティックな雰囲気を感じて少しワクワクしたが、リンゴ園を超えて脇道に入ると心配になってきた。
 軽自動車でもすれ違うのが難しいくらいの狭い道なのだ。
 野生動物が出てきそうな雰囲気も感じた。
 ちょっとドキドキして目を凝らしていると急に広い場所へ出て車が止まった。
 
「着いたわよ」
 広い土地に古びた家がぽつんと立っていた。
「『ピアノの宿』へようこそ」
 車を降りて女将(おかみ)に変身した奥さんが、右手を古民家の方へ優雅に動かした。

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