後姿のピアニスト ♪ 新編集版 ♪
「先ず、ピアノの状態をしっかり把握しなさい。鍵盤の動き、ピッチや響き、ペダルの動き、それをしっかり頭に叩き込みなさい。次は掃除。外装や鍵盤を外して隅々まできれいにしなさい。その時に弦や駒、響板の状態をチェックしなさい。それが終わったら整調だよ。鍵盤を戻して、高さや深さを整えなさい。ペダルも同じように高さや深さを整えなさい。それができたら調律に掛かりなさい。中央の『ラ』の音を音叉に合わせてピッチを決めなさい。ここで手を抜いてはいけないよ。とても大事な作業だからね。それができたら音程を聞きながら88鍵に広げていきなさい。一音に対して三本の弦の音程が同じになるまで調整しなさい」

 父の声に導かれながら一つ一つ丁寧に作業を続けた。
 しかし、神経を張り詰めてやっていたせいか、これ以上は続けられなかった。
 手を止めて、大きく背伸びをしてから首をグルグルと回した。
 そして目の疲れを取るために目頭を揉んでから窓に近づいた。
 遠くを見ようとして視線を外に向けると、白くて大きな花を咲かせる紫陽花が目に入った。
 カシワバアジサイだった。
 他の紫陽花とは違って、とんがり帽子を横にしたような形になるのが特徴で、満開になったその花はとても豪華な雰囲気を漂わせていた。
 それが余りにも素晴らしいので見惚れていると、花が風に揺れ、その一枚がひらひらと舞ってきて、一瞬窓に張り付いた。
 そして、もうひと踏ん張り頑張って、と言い残して落ちていった。

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