後姿のピアニスト ~辛くて、切なくて、 でも、明日への希望に満ちていた~ 【新編集版】
          ♫ 女 ♫

「短くした方が絶対似合うわよ」
 間違いないというふうに奥さんが大きく頷いた。

 女の顔はどちらかといえば細面だったが、ふっくらと丸くなっていた。
 岩手に来てからの食欲は半端ではなかったからだ。
 よく動くからよく眠れるし、毎日するりとお通じはあるし、お米も野菜も肉も美味しいし、東京に居た時の2倍近い量を食べていた。
 
「明日はYOUR DREAMの社長さんが見えられるからね」
 初対面の印象は大事だから、今の顔に似合うショートヘアしてあげると言う。
「でも、お見合いをするわけではないから……」
「わからないわよ。いい男で独身だったらどうする?」
 期待するような表情で目を覗き込まれた。
 女は社長の顔を想像した。
 ホームページに載っていないから想像するしかなかったが、なんのイメージも沸いてこなかった。
 無駄な努力を止めて、話を戻した。
「髪を切るといっても、美容師の経験はないですよね?」
 感じた不安がそのまま口から漏れたが、心配することはない、というふうに奥さんは右手の人差し指を立てて横に振った。
「娘が小さい頃よく切っていたし、美容院に行く度にハサミの動きを見ていたから大丈夫よ」
 東京から持ってきた女性誌の髪型特集号を女の前に置き、ショートヘアのページを開いて、真ん中の写真を指差した。
「前髪を長く残してこういうふうに流せばきれいでしょう」
 確かに、引き締まった襟足と縦に流れる前髪のラインが女らしさを醸し出していた。
「とにかく、任せなさい」
 有無を言わさず椅子に座らされた。
 そして上半身を白い布で覆ってから椅子の下に新聞紙を敷き詰めると、準備万端の状態になった。
 これ以上抵抗できるわけがなかった。
 成るように成れ、と観念して目を瞑った。

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