後姿のピアニスト ~辛くて、切なくて、 でも、明日への希望に満ちていた~ 【新編集版】
 その夜は早めに床に着いた。
 でも、少し寒かったので布団の中が温まるまで寝つけなかった。
 だから目を瞑って考えた。
 生まれ変わる、
 その意味を考えた。
 
 色々な事があった。
 あり過ぎた。
 父の死、
 母の再婚、
 家出、
 母の死、
 花屋敷との出会い、
 ご主人の死、
 奥さんとの出会い、
 突然の解雇、
 ベーカリーの廃業、
 花屋敷での同居、
 岩手への引っ越し、
 本当に色々な事があった。
 父が亡くなってからの人生は激動と言ってもおかしくなかった。
 緊張が途切れることなく襲いかかってきたから気を張り詰めて生きてきた。
 油断は命取りになると警戒を怠らなかった。
 それでも凸凹(でこぼこ)道しか歩けなかったし、色々な事に振り回された。
 若い女が一人で生きていく大変さを痛感した。
 
 しかし、奥さんと同居するようになって平穏を取り戻した。
 家事が楽しくなった。
 庭仕事が大好きになった。
 ボランティアの経験もした。
 そして、奥さんと2人で古民家宿を立ち上げようとしている。
 産み育ててくれた親はいなくなったが、両親と同じくらい、いやそれ以上に大事にしてくれる奥さんとの生活に心が踊っている。
 こんなに前向きになっている自分は初めてだった。
 
 生まれ変わります。
 奥さんの部屋の方へ向かって心の声を投げた。
 すると、ふっと肩が軽くなり、布団の中が温かくなった。
 眠りが訪れるのに時間はかからなかった。

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