後姿のピアニスト ~辛くて、切なくて、 でも、明日への希望に満ちていた~ 【新編集版】
 不思議な夢を見た。
 羽を付けた妖精のような女性が目の前に静止していた。
 ハチドリのように高速で羽ばたいているようだった。
「この曲は知っているでしょう」
 声と共に耳に馴染みのあるメロディが流れてきた。
「明日この曲を弾いて」
「明日?」
 訊き返したが、返事はなかった。
「どうして?」
 またも返事はなかった。
「どうして?」
 重ねて尋ねても返事はなかった。
 その代わり、微笑みを浮かべて何かを引っ張るような仕草をした。
 すると、左手の小指が動いた。
 意思とは関係なく動いた。
 しかし、小指に何かが結ばれているわけではなかった。
 訳がわからなくなって彼女を見つめると、もう一度引っ張るような仕草をした。
 するとまた小指が動いた。
 すぐに右手で小指に触ったが、やはり何もなかった。
 信じられない思いで小指を見つめていると、ふっと空気が動いて羽音が遠ざかった。
 ハッとして視線を戻した。
 しかし、そこに彼女の姿はなかった。
 ただ、よく知っているメロディだけが耳元に残されていた。


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