後姿のピアニスト ~辛くて、切なくて、 でも、明日への希望に満ちていた~ 【新編集版】
          ♫ 女 ♫

「こんな時間に誰かしら?」
 奥さんが電話を取った。
 その途端、眉間に皺が寄った。
「お見えになっていません」
 怒りが滲んだ声だった。
「えっ?」
 突然、表情が変わった。
 どうしたのかと思っていると、固定電話の送話部分を手で押さえて、「会社に戻っていないし、スマホに連絡しても出ないらしいわ」と小さな声を発した。
 その後また会話に戻ったが、何度か頷いてから「わかりました。はい、お待ちしております」と言ったあと首を傾げながら受話器を置いた。
 
「おかしいわね、何かあったのかもしれないわ。事故とか……」
「探しに行きましょうか?」
 女は立ち上がって支度をしようとしたが、奥さんが手で制して、カーテンを開けた。
 雨が本降りになっていた。
 それを見ながら奥さんが頭を振った。
 この中を探しに行くのは無理だというように。
 
 その通りだった。
 奥さんの横に立つと、窓からの明かりに照らされた雨の向こうは真っ暗だった。

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