『後姿のピアニスト』 ~辛くて、切なくて、 でも、明日への希望に満ちていた~ 【新編集版】
 それでも、そのままじっとしていると、冷たい水に(さら)されているせいか、感覚がなくなってきた。
 更にじっとしていると、痛みをほとんど感じなくなった。
 男は体を起こして車に手を添えてゆっくりと立ち上がり、左足に体重をかけて、右足を宙に浮かせたまま膝から下を動かしてみた。
 鈍い痛みが襲ってきた。
 しかし、動かせない程ではなかった。
 慎重に右足を地面に下ろして、少し体重をかけた。
 今度は強い痛みに襲われた。
 右足に体重をかけるのは無理だった。
 絶望に襲われ、車に寄りかかったまま動けなくなった。
 
 しかし、待ったなしというように雨脚が強まり、崖の上の方から土砂が流れ落ちる音が聞こえてきた。
 それは、これ以上雨が強くなったら本格的ながけ崩れが起こるぞ、という警告音のような気がした。
 もしそんなことになったら、車が埋まることだってあるかもしれない。
 そうなると……、
 考えたくもない光景が次々に浮かんできた。
 すると、右足がどうであろうと斜面を登って助けを求めなければならないという心の声が聞こえてきた。
 男は車のボディに沿って左足一本でフロントの方へ移動し、杖になりそうな枝か倒木を探すために暗闇の中を片足跳びをしながら進んでいった。

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