後姿のピアニスト ♪ 新編集版 ♪
          ♪ 男 ♪

 気づくと、目の前は暗闇ではなかった。
 雨は上がっているようだったが、辺りは深い(もや)に包まれていた。
 
 自分はどこにいるのだろうか? 
 考えようとしたが、何も思い浮かばなかった。
 ただ、雑木に掴まりながら少しずつ前に進んでいった時、左足を滑らせて斜面に叩きつけられたことは覚えていた。
 しかし、それがいつのことか、どこのことかはわからなかった。
 
 エネルギーは残っていないようだった。
 左手で木の根元を掴んでうつ伏せになっていたが、その左手にも力は入っていなかった。
 なだらかな斜面にいるのだろうか? 
 見上げたが、靄が視界を遮っていた。
 それに、もう首を上げるのも限界だった。
 
 力尽きたか……、
 何か考えようとしたが、脳のエネルギーも切れているようだった。
 肺を動かすのも辛くなってきた。
 浅い呼吸しかできなかった。

 左足の指が異常に冷たいのに気がついた。
 靴が脱げているようだった。
 しかし、足はもとより指さえ動かすことができなかった。
 だが、そんなことはどうでもよかった。
 エネルギーは尽きているのだ。
 もう二度と立つことはできない。

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