後姿のピアニスト ♪ 新編集版 ♪
 バート・バカラックの顔が瞼に浮かび、それがカレン・カーペンターの微笑みに変わった。
『遥かなる影((THEY LONG TO BE)CLOSE TO YOU)』のメロディが満ちてきた。
 あなたの傍にいたい……、
 夢見るような想いを伝えたい……、
 わたしの指が放つメロディがあの人の元へ届きますように……。
 
 演奏を終えると、ドキドキしながら振り向いた。
 もしかしたら、またあの人が……、
 でも、そこには誰もいなかった。
 小さな溜息をついてフロアに視線を戻したが、誰も自分を見ていなかった。
 もちろん拍手はなかった。
 また溜息をついた。
 そして、仮面を被った。

『マスカレード(THIS MASQUERADE)』の旋律が頭の中に浮かぶと同時に、指がイントロを弾き始めた。
 わたしは仮面舞踏会に紛れ込んだ哀れな女。
 誰にも注目されず、誰にも踊ってもらえない。
 カレン・カーペンターのハスキーな声が消え、この曲を作った彼の独特なダミ声に変わった。
 今日の気分はレオン・ラッセルだった。
 3曲目も彼の曲を選んだ。
『スーパースター(SUPERSTAR)』
 偶然だが、これもカーペンターズが取り上げて大ヒットした曲だ。
 
 指が勝手に動いて次の曲を弾き始めた。
『ア・ソング・フォー・ユー(A SONG FOR YOU)』
 あなたに捧げる愛の歌。
 あなたの暖かい拍手を待ちわびるわたしのための歌。
 でも、演奏が終わっても拍手は聞こえてこない。
 振り向いてもあの人はいなかった。
 
 溜息をついて自分の服を見ると、花が哀しげに揺れていた。
 どうして? 
 スイートピーに向かって呟いた。
 すると、済まなさそうな囁きが聞こえた。
 私の花言葉は『優しい思い出』だけではないの、他にもあるのよって。
 そうか、そうだった、他にもあった。
 女はその花言葉を思い出した。
 それは、『別離』


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