後姿のピアニスト ~辛くて、切なくて、 でも、明日への希望に満ちていた~ 【新編集版】
 再び海を見た。
 渡ることのできない目の前の海を見た。
 もし、この海の先にある北方四島が日本の領土だったらどんなに素晴らしい観光地になるだろうか。
 男は旅行代理店の経営者としての目で見ていた。
 豊かな自然と漁場を組み合わせた観光プランを頭の中で組み立てていた。
 一大リゾート地になる可能性が無限にある。
 それは間違いのない事実だと思った。

 勿体ない……、

 悔しい思いで唇を噛んだ。
 それは、無理矢理退去させられた当時の日本人の無念と重なっているように思えた。
 もしかしたら自分たちの故郷がどんどん発展していく姿を見られたかもしれないのだ。
 しかし、そうはならなかった。
 目の前の海は75年間彼らを拒み続けたのだ。
 
 どうしようもない……、
 
 虚ろに海を見つめていると、里帰りを待ち望みながら亡くなっていった方々の無念の溜息が聞こえたような気がした。
 その冷え冷えとした溜息は極寒の海の上を風に流されて消えていった。

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