後姿のピアニスト ~辛くて、切なくて、 でも、明日への希望に満ちていた~ 【新編集版】
 その後、各地での取材を終えて札幌のホテルに泊まっている時、写真や取材ノートの整理を済ませて寛いでニュースを見ていたら、「北海道で初めての感染者が出ました」とキャスターが深刻な表情で伝えた。
 武漢市在住の40代の女性観光客で、1週間前から道内を観光していたらしい。
 北海道に来る前は東京のホテルに宿泊しており、その時からマスクを着用していたので周囲への感染の可能性は低いということだったが、本当のところはわからない。
 新型のウイルスがどのようなものかははっきりとわかっていないのだ。
 用心するに越したことはないので、ホテルのフロントでマスクを1枚購入した。
 
 翌朝、新千歳空港に行くと、中国人らしき人が少なくないのに気がついた。
 北海道は中国人にとって人気の観光地なので当然なのだが、そればかりではないことに思い至った。
 (しゅん)(せつ)だ。
 そうだった。
 今は中国の正月休み中だった。
 どおりで中国人らしい人を多く見かけるはずだ。
 しかし、ということは武漢からも大勢の人がやってきている可能性が高いことになる。
 なんといっても人口が1千万人の大都市なのだ。
 経済が発展している武漢からの観光客がいないわけがない。
 そう考えるとじっとしてはいられなくなった。
 ドラッグストアでマスクを1枚買って、今着けているマスクの上に重ねた。
 念には念を入れた方がいいという心の声が聞こえたからだ。

 しかし、機内で咳をする人もくしゃみをする人もいなかったせいか、羽田に到着した時にはコロナのコの字も頭に残っていなかった。
 そんなことよりも心地良い報告を早く聞きたかった。
 電話やメールで毎日報告は受けていたが、社員の口から直接聞きたかったのだ。
 空港内で早めの昼食を済ませて急いで会社に戻った。

< 51 / 373 >

この作品をシェア

pagetop