後姿のピアニスト ~辛くて、切なくて、 でも、明日への希望に満ちていた~ 【新編集版】
 雨宿りをしながら、雨の中に父の姿を探した。
 しかし、その姿を見つけることはできなかった。
 何故勝手に一人で行ってしまったの? 
 呼びかけても雨は何も答えてくれなかった。
 お父さん、と呟いたら、瞳の中にも雨が降り出した。
 視界からすべてのものが消えた。
 
 気がつくと、辺りは明るくなっていた。
 雲間から陽が射していた。
 女はコンビニから出て、当てもなく歩きだした。
 すると、何かが見えた。
 それはキラキラと光っていた。
 空に何色もの光が橋を造っていた。
 それを見ていると、あのメロディが聞こえてきた。
 父が大好きだったあのメロディ。
 酔っぱらうと父がいつも弾き語りをしていたあのメロディ。
『WHAT A WONDERFUL WORLD』
 父の歌う声がはっきりと聞こえた。
 その瞬間、女の瞳の中の雨が止んだ。
 そして、父と約束したことが口をついて出てきた。
 ピアニストになる! 
 どんなことをしてでもピアニストになる! 
 すると、七色の虹が輝きを増して大きくなり、その上で音符が踊り始めたように見えた。
 
 それを追っていると、また父の歌う声が聞こえた。
 暖かく包み込むような声だった。
 そして背中を押すような声だった。
 大丈夫だよ、君の人生は幸せに満ちているよ、心配しなくて大丈夫だよ、と。
 そうね、お父さんが見守ってくれているから大丈夫よね。
 父の歌声に自分の歌声を重ねた。
 What a wonderful world。
 雨上がりの道を父とデュエットしながらいつまでも歩き続けた。

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