後姿のピアニスト ~辛くて、切なくて、 でも、明日への希望に満ちていた~ 【新編集版】
          ♪ 男 ♪

 首里城(しゅりじょう)(しゅ)礼門(れいもん)の前に立っていた。
 中国風の牌楼(ばいろう)形式で造られた美しい門に見惚れていた。
 1500年代に建立(こんりゅう)され、1933年に国宝に指定された由緒正しき門だったが、残念ながら沖縄戦で破壊されたという悲しい歴史を持っている。
 その後、1958年に復元されると観光客の人気を集めるようになり、現在に至っている。
 
 男は財布から二千円札を取り出した。
 表面(おもてめん)の向かって右側にその()麗姿(れいし)が描かれており、その独特のデザインが異彩を放っている。
 真ん中左側の透かしを空に向けてかざすと、そこにも守礼門が見えた。
 角度を変えた守礼門だ。
 二つの守礼門が二千円札を特別なものにしている。
 
 視線を現物の守礼門に戻して、二重屋根の間に置かれた額に書かれている4文字を見た。
 左から『邦』『之』『禮』『守』と書いてある。
 読む時は右からだ。『守禮之邦』で、〈しゅれいのくに〉と読む。
「沖縄は礼節を重んじる国」という意味らしい。
 その昔、特別な時だけに掲げられたもので、中国王朝に向けた友好の証と言われている。
 
 二千円札を裏返すと、部屋の隅から外を覗いているような姿の女性が描かれている。
 紫式部だ。
 左側を見てみると、源氏物語の一説が記されている。
 しかし、読みにくいし意味不明だ。
 それはそうだろう、『鈴虫』という詞書(ことばがき)の上半分だけを抜き出して印刷しているのだから、意味がわかるはずもない。
 しかし、なんかロマンティックだ。
 光源氏との逢瀬を勝手に想像してしまう。
 国も粋なデザインを考えたものだ。

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