後姿のピアニスト ~辛くて、切なくて、 でも、明日への希望に満ちていた~ 【新編集版】
 当時、建物の内部では屋根の改修作業が行われていた。
 その足場にはタバコの吸い殻があったことが確認されている。
 タバコの吸殻? 
 ということは喫煙? 
 木造建造物の内部で喫煙? 
 それも歴史的な建造物の内部で? 
 それが原因かどうかはわからないが、やってはいけないことが行われていたことは間違いない。
 喫煙者は、そして、それを容認していた監督者は、850年の歴史の重みをまったく感じていなかったのだろうか? 
 どんな感覚をしているのだ! 
 男には理解できなかった。
 不意に〈愚か者〉という言葉が頭に浮かんできた。
 余りにも愚かすぎる。
 
 出火から2か月を過ぎたあとに「原因は特定できず」と仏検察が発表したが、男の頭の中から〈人災〉という言葉が消えることはなかった。
 古の大工が丹精を込めて造ったものを、現代の愚か者が破壊した可能性は排除できないのだ。
 取り返しのつかないことを……。

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