後姿のピアニスト ~辛くて、切なくて、 でも、明日への希望に満ちていた~ 【新編集版】
 8日に見たニュースにも驚いた。
 中国で1人の医師が死亡したニュースだった。
 武漢の眼科医だった。
 彼は昨年12月にSARSに似た7人の症例に気づき、SNSで同僚の医師に発信した。
 大流行が起きている可能性が高いということと、感染を防ぐために防護服を着なければいけないということを。
 しかし、その情報を目にした警察は彼の情報は虚偽だと決めつけ、このような違法行為を続ければ裁かれることになると脅した。
 
 間違っていたのは警察の方だった。
 彼の情報は虚偽ではなかった。
 真実だった。
 医療現場で起きている明白な真実だった。
 もし彼の告発を真剣に受け止めていればと思うと、残念でならなかった。
 それに、
 彼は34歳だった。
 彼の前途は開けていた。
 その上、奥さんは2人目の子供を身籠っていた。
 妊娠5か月だった。
 あと5か月ほどで可愛い我が子を抱けるはずだった。
 新たな家族を迎えての幸せな家庭生活が始まるはずだった。
 だが、その夢はもろくも崩れ去ってしまった。
 幸せの絶頂から不幸のどん底に落とされたのだ。
 しかも、それだけでは終わらなかった。
 妻や子にも会えず、親族にも会えず、孤独な最期を迎えさせられたのだ。
 なんと言うことだろう……。
 男は彼の無念を思った。


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