後姿のピアニスト ♪ 新編集版 ♪
 北海道企画担当の男性社員と琉球諸島巡り担当の女性社員、それに、経理担当の男性役員の3人を会議室に呼んだ。
 キャンセル料をどうするか決めるためだ。
 北海道企画担当の社員が口火を切った。
 
「キャンセルされたお客様全員がキャンセル料を免除して欲しいと言われています。今回のキャンセルは自己都合ではなく緊急事態宣言を受けてのものだから特例として扱って欲しいというのが理由です」

 もっともな理由だった。
 しかし、物事は単純ではない。
 該当する旅行に関係している交通機関や宿泊施設、オプショナルツアー会社などとの協議が必要なのだ。
 それぞれの会社がキャンセル料についての基本的な考えを表明してくれなければ、旅行代理店は動きようがない。
 先ず交通各社の動向を男性社員に確認した。

「全日空はイベント中止によるキャンセルについては個別に対応してキャンセル料免除を行っているようです。しかし、それ以外の1般旅行客についてはどうするのかまだはっきりしていません」
「ホテルはどうだ?」
「何も決めていないようです。というよりも決めかねているといった方が正確かもしれません」
「そうだろうな。業界他社の様子を見ているんだろうな」
「ところで、琉球諸島巡りの方はどうなっている?」
「まだキャンセルは入っていません」
「沖縄の感染者数は?」
 女性社員がノートを開いて確認した。
「2月28日現在の感染数は3名で、そのうち2名がダイヤモンドプリンセス号の乗船客です。もう1名は感染経路不明だそうです」
「そうか、北海道のような状況にはなっていないんだな」
 男はホッと胸を撫で下ろした。
 するとその様子を見て安心したのか、「北海道と沖縄では気温が全然違いますから、新型コロナウイルスがインフルエンザと同じようなら、気温の高い沖縄では発症が増えることは少ないかも知れませんね」と男性役員が楽観的な見通しを口にした。
「う~ん、そうかもしれないが、まだなんとも言えないな。新型コロナウイルスについてはほとんど何もわかっていないからね」
 すると、確かに、というような表情で役員が口を(つぐ)んだ。

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