後姿のピアニスト ♪ 新編集版 ♪
「大変なことになりそうですね」
 彼女の後姿を追っていた役員が、そのままドアの方を見つめながら重苦しい声を出した。
「大変じゃあ済まないかもしれない」
 正しい決断をしたのだと自らに言い聞かせたが、声は沈んでいた。
「会社設立以来の危機になるかも知れない……」
 役員はゴクンと唾を飲み込み、さっきよりもっと重苦しい声を出した。
「運転資金がいつまでもつか、ということですね」
 男は硬い表情のまま頷いた。
「信用金庫へ行って融資の相談をしてくれないか。各社が殺到する前に枠を押さえておいてもらいたい。すぐに頼む」
 重く暗く沈んだ空気の中、役員の頷きが凍ったように見えた。


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