後姿のピアニスト ♪ 新編集版 ♪
 小腹が空いたので冷蔵庫の扉を開けたが、目ぼしいものは何もなかった。
 途中で何か買ってこいよ! 
 今度は自分に毒づいた。
 すると突然思い出した。
 昨日の残りがあることを。
 コンロの上に置きっぱなしの鍋にビーフシチューが残っていたはずだ。
 蓋を開けると、牛肉の塊と崩れかけたジャガイモがそれぞれ3個、そして、ニンジンが2個残っていた。
 
 焦がさないように弱火で温めてスープ皿に(よそ)い、缶ビールを取るために冷蔵庫を開けた。
 その時、野菜室に赤ワインを冷やしていたことを思い出した。
 ビーフシチューの皿の右横に缶ビールを、左横にワインボトルを置いて、どっちにするか悩んでいると、リビングから声が聞こえてきた。
 ビーフシチューには赤ワインでしょ! 
 声の主はソムリエナイフに違いなかった。
 わかったよ。
 男は缶ビールを冷蔵庫に戻してから、赤ワインと皿を持ってリビングのテーブルに運んだ。
 そして食器棚からスプーンとワイングラスを取り出し、両方を皿の左側に置いた。
 そう、男は左利きなのだ。
 鉛筆と箸は小学校に上がる時に無理矢理右手に変えられたが、それ以外は変えられることに抵抗してすべて左で押し通している。

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