後姿のピアニスト ♪ 新編集版 ♪
 2人の話によると、奥様が入院していた病院で新型コロナウイルスの集団感染が起こり、奥様は陰性だったが、毎日見舞いに行っていたご主人が感染したらしい。
 発熱は軽微だったが、咳と味覚障害が出現したため、急遽別の病院に入院して隔離されたらしい。
 しかし、3日前に急変し、そのまま帰らぬ人になったということだった。
 不運なことに入院先にはECMO(エクモ)がなく、人工呼吸器による対応しかできなかったのだという。
 
 新型コロナウイルスには治療薬がないため、自分の免疫に頼るしかないのだが、それはご主人にとってとても孤独な戦いであり、自分の免疫だけで戦うには余りにも手強(てごわ)い病原菌だったに違いない。
 その上、医療関係者以外接触禁止となった病室を誰も見舞うことができなかったので、病態が急変したご主人は誰にも看取られず一人寂しく息を引き取ったらしい。
 それを聞いた乳がん治療中の奥様はショックを受けて口もきけない状態になっているのだという。

「ご葬儀はどうするのかしら?」
 2人は目を合わせたが、すぐに力なく首を横に振った。
「遺体はすぐに火葬されたんだってね。家族や親族に見送られなかったばかりか、骨も拾ってもらえないなんて、本当に可哀そうよね」
 遺骨は病院が預かっているらしいが、奥様に届けることもできず、関係者全員が困っているらしい。

「ご親戚の連絡先とかご存知ないですか?」
 いきなり話を向けられた。
「いえ、ただの顔見知りですので」
 女は手を振ってその場を辞そうとした。
「もし何かご存知でしたら……」
 なおも追ってくるので、失礼のないように丁寧に頭を下げて背中を向けた。

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